美しき音景

+a journal 2015年 9-10月号

美しき音景
+a journal 2015年 9-10月号

美しき音景

小澤征爾さんの「おわらない音楽」という本を、2日かけて読み終えた翌日の朝、ベッドでテレビのスイッチを入れると、どういうわけかチャンネルを合わせた筈もないBSテレビが映って、その画面に小澤征爾さんが突然出てきた。

画面を眺めていると、「ロストロポーヴィチ 75歳 最後のドン・キホーテ」という番組がたった今から始まるのだという。しかも2時間もかけて。2002年に長野県で開催された小澤征爾指揮、サイトウ・キネン・オーケストラによるアーカイブ番組だった。

前の晩、小澤征爾さんの本を読み終えてすぐ眠りに就き、その翌朝のことだから、多少の驚きを持ってその偶然を迎え入れてもよさそうなところだが、私の日常に度々起こる(しかも結構な頻度で)、このような出来事にはもう随分と慣れっこになったので、驚きよりも「またか」という声にならない声が先に立つようになった。そしてその後に少しだけ不思議な感覚が残る。


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結局、私は2時間、水を飲みに冷蔵庫に出かける以外は、ほぼ釘付けになってベッドで過ごすはめになった。昨夜の小澤征爾さんの著書には2002年のこのコンサートのくだりの事は書かれていない。

ただロストロポーヴィチさんについては、その本の「コンサートキャラバン」と「スラヴァの説得」という章で詳しく語られている。ロストロポーヴィチさんは小澤征爾さんにとって人生の兄貴分という人らしく、彼のことを「スラヴァ」という愛称で呼んでいる。

そのロシア人チェリスト、ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ、愛称「スラヴァ」さんを首席チェリストに迎えてのこのコンサートは、ベッドを離れられない程に、強く私の胸を打った。


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リハーサル時の映像から、「スラヴァ」さんの並々ならぬコンサートへの情熱が伝わってきたし、小澤征爾さんとともに楽団員と音を作り上げて行く迫力には舌を巻いた。

さながら、ドン・キホーテがロストロポーヴィチさんに乗り移ったかのごとく、完全に一体となって、信頼するオーケストラの楽団員を引き連れ、ドン・キホーテの歩んだ道をその人間味までを音に乗せつつ、さらにはこのコンサートのために特別に編まれた映像詩をコントラストに、旅の最後、つまりドン・キホーテの生の最後までを見事に演奏しきったコンサートだった。

リハーサル中の映像で、コンサートの演奏の最も終盤となる部分を映した時のスラヴァさんは、「ドン・キホーテの最期はね、こんな風に少し緊張するんだ」と言って四肢の震えをチェロの弦を震わせながら表現し、数秒後息の絶えるポーズをとりながら、「そしてこの後の和音がいいんだ」とじっと目を閉じオーケストラの音に聴き入った。


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私は本番の、この一瞬だけは絶対に見逃すまいと緊張しながらその時を待った。この頃になると、ロストロポーヴィチさんの表情は、恍惚と化して、ドン・キホーテその人の生を生きているかの如くで、最後のハーモニーは、地上の万物、絶えた人の魂に、等しく公平に美しく響き渡ったのだった。総立ちになって送る聴衆の喝采に応えて、何度も何度も両の手で投げキスを返しながら壇上を去る「スラヴァ」さんの、満ち足りた至福の表情がいつまでも私の心に残っている。

こんな朝に、すばらしい時間と、またひとつ音楽の楽しみ方を教えてくれた「スラヴァさん」に感謝を捧げつつ。(2007年、80歳で惜しまれつつロストロポーヴィチさんはこの世を去った。)